名古屋高等裁判所金沢支部 昭和38年(う)36号 判決 1964年2月11日
被告人 福岡三太郎 外二名
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人三名の連帯負担とする。
理由
本件につき被告人側の控訴趣意は弁護人堀江喜熊同大野正男同六川常夫共同作成名義の控訴趣意書(第一回公判において訂正したもの)記載のとおりであり、検察官の控訴趣意は福井地方検察庁検察官検事岩本信正作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここに、これらを引用する。
弁護人の控訴趣意第四点第五点について
所論の要旨は原判決は本件犯行の実行として被告人らの全部又は一部を含めた福井鉄道労働組合員(以下福鉄労組員と略称する)らが前後六回に亘り共謀のうえ積極的に実力を行使し攻撃的に会社の電車運行業務を妨害したものである旨判示しているが、原判決認定のように非合法な共謀をした事実はなく、原判示押合いの事実は会社側の暴力的出動に起因するものであり、説得とストライキ防衛のため、やむなくしたものであつて、福鉄労組のピケ隊が積極的に押しかけて会社側を排除したものではない。又電車前に座り込んだのは警察隊の違法介入に因る結果である。本件のピケツトラインは会社側が福鉄労組とのスキヤツプ禁止協定を無視し第一労働組合(以下第一労組と略称する)関係従業員を動員し、業務運営の適格性を缺く者に作業をさせようとし、保安要員を以てピケツトラインを排除しようと企てたためこの違法行為に対する対抗措置として執られたものであつて、単に会社側の列車運行を阻止するために行つたものではない。然るに原判決が被告人等は非合法な共謀のうえ、会社側の正当な列車運行を阻止したものと認定したのは事実認定並びに違法性の判断に誤りがあり、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れないというのである。
所論に鑑み原判決挙示の証拠その他原裁判所が取調べたすべての証拠並びに当審における事実取調べの結果によれば、被告人等は原判示ストライキを決行するに備え臨時委員会、共斗会議、職場集会、非番公休者集会、班長副班長以上の責任者会議を開き或は各職場を巡廻指導に赴いた機会を捉え多数の福鉄労組員等と原判示ストライキ実施に対する福井鉄道株式会社(以下会社と略称する)の侵害を防衛することにつき討議して原判示ストライキ実施中会社が電車を運転するため行動を起すような場合はスクラムを組んで会社の電車運行を阻止し、会社がピケツトラインを破つても電車を運行しようとするときは事務所の入口にピケツトラインを張りスクラムを組んで会社側の者を外に出させないようにし、或は電車の乗降口にピケツトラインを張つてスクラムを組み乗務員を乗せないようにしたり、電車の前にピケツトラインを張り又は坐り込んで電車を発車させないようにし、会社が或る程度の人数を以てピケツトラインを破り電車を運転しようとする場合は、それらの者を腕を組んで取り囲み人垣を以て通行を阻止し、一人二人の小人数で来た時には腕を組むか手を腰に当て体を以て押し返えす等実力を行使して会社の電車運行を阻止することを謀議し、これらの趣旨を前記集会、会議等に参加できなかつた福鉄労組員にも伝達して諒知させ、ここに、全福鉄労組員に対し被告人等の指揮統率のもとに実力を行使して会社の電車運行を阻止する態勢を整えて原判示ストライキ実施に備えたこと。而して原判示一二月八日ストライキ突入の際における右謀議に基ずく被告人等及び福鉄労組員等の原判示武生新駅における行動をみるに被告人杉原等は同日午前四時過頃会社側の千葉運転課長等から右駅構内における多数の福鉄労組員等によるピケツトライン組成者(以下ピケ隊員と略称する)の退去を要求されたが、これを拒否し、却つて右千葉は右ピケ隊員等から頭部を小突かれたり胸部を押されて駅事務室内に押し返えされていること。同日午前五時頃会社側において電車の発車準備のため検車並びに仕業点検などの目的で右千葉及び大沢武生新駅駅長、福武線乗務区長渡辺重二、運転士鈴木一男その他乗務員、検車要員等会社側の従業員が右武生新駅事務室から同駅二番線、三番線のホーム(通称中ホーム)中間附近へ赴いたところ、前記のとおり被告人等の指揮統率下に同駅構内の電車内に待機していた右ピケ隊員が電車より出て右千葉等会社従業員の前面、周囲に立ち塞がり或はスクラムを組んで同人等が電車を発車させようとすることを阻止し、その際右千葉に対し暴力を以てホーム横に留置中の電車外側に同人を押し付け更に同人の頭、肩、胸、足部を突く等の暴行を加え、かつ従業員に対し暴言を浴せこれを肩や胸等で駅事務室の中へ押し返したこと、同日午前六時頃右千葉等会社側従業員が電車を発車させるべく前同様の目的で同駅事務室より前記ホームに向つたところ、被告人杉原を初め数十名のピケ隊員がスクラムを組み、或は人垣を作つて右千葉等会社側従業員の前進を阻止し、かつ掛声をかけながら肩等で押して右従業員を駅事務室出入口附近まで押し返し、電車の運行ができないようにしたこと。同日午後二時頃右千葉等の外、更に会社側の三田村企画室長、五十嵐人事課長を交えた会社側従業員が電車を発車させるべく前同様の目的で同駅事務室を出て前記ホームに向つたところ、被告人杉原を初め福鉄労組のピケ隊員数十名が右従業員等の前に立ち塞がつて、前進を阻止したうえ、右従業員を肩や手で押しながら駅事務室へ押し戻したが、その際従業員尾崎保はピケ隊員によつて顔面を殴打されたこと。同日午後二時三〇分頃に前同右千葉等会社従業員が電車を発車させるべく前同様の目的で同駅事務室出入口から出て前記ホームに差しかかつたところ、附近に居た右ピケ隊員が右千葉等を取り囲み尚被告人三名は多数のピケ隊員と共に掛声に合わせて右千葉等を胸、肩などで押し返し遂に同人等を駅事務室に押し戻したが、その際ピケ隊員の一部の者は右千葉の身体中央急所部を強握して激痛を与えかつ足部を持ち上げる等の暴力を加え、又従業員辻隆智に対しその頭髪を強く引張つたこと。同日午後三時頃右千葉を初め会社側従業員が電車を発車させるべく前同様の目的で同駅事務室と乗務員詰所から、それぞれ分れて出て前記ホームに行こうとしたところ、被告人杉原は多数のピケ隊員と共に会社側従業員を駅事務室内に押し返したが、その際駅乗務員室出入口の戸が撓つて折れかつ硝子が破損したこと。同日午後三時二〇分頃前同様右千葉を初め会社側従業員が電車を発車させるため同駅事務室と乗務員詰所の出入口から、それぞれ前記ホームに出ようとするのを被告人杉原を初め多数のピケ隊員が右千葉ら会社側従業員を肩、肘などで押し返し右出入口で押し合いとなり、その際被告人杉原を初めピケ隊員が警察官に排除されたので、その間に会社側従業員の運転士鈴木一男、車掌宇野昭一郎ら乗務員が三番線に留置中の電車につき検車、仕業点検を終えて乗客六、七名を乗せ、発車しようとしたところ、被告人杉原同宮村を初めピケ隊員数十名が発車を阻止するためその前面線路上に立ち塞つたり座り込んだり警察官により被告人杉原らピケ隊員は一時排除せられたが更に原判示のように電車の進路前方に座り込みを繰り返し遂に会社をして電車の運行を中止するに至らせその際ピケ隊員の一部の者は会社側従業員辻隆智の着衣及び「バンド」を引張り、又前記運転士鈴木一男に対し脅迫的暴言を浴せ、更に右電車内にいた乗客に対し威迫的言葉を浴せたことがそれぞれ認められる。これを以て見れば被告人等の間に実力を行使し違法な手段を以てしてもなお会社の電車運行の業務を阻止することについて謀議が遂げられ、その謀議に基ずき本件業務妨害行為がなされたものであることを優に認めることができる。所論は会社側の暴力的出動がピケ隊員との間に押し合いを生じたものであると主張するが、原判決挙示の証拠によつて認められるように福鉄労組と会社との間に有効に存続する労働協約第八九条第四号のいわゆるスキヤツプ禁止条項の規定するところは争議に際し福鉄労組員以外の者と労務供給について契約をしないというだけであつて、既に会社との間に労務供給契約を結び、これに基ずき就業している者の就業を妨げるものでないことは明らかである。従つて前記会社側従業員の就業を以てスキヤツプ禁止条項に反する旨の主張は当を得ない。所論は又会社が業務執行の適格性を欠く者として作業させることを阻止するためにスクラムを組んだものである旨主張するが本件ストライキに際し会社が既に会社の従業員として就業している者を使用し緊急窮余の措置として相当な代替業務を担当させて業務を遂行することは何等差支えないものというべきである。而して業務妨害罪における業務とは継続性を有する人の一定の社会的活動の自由であつて、この業務は不法でない限り必ずしも法令上の正当な権限に基ずいてなされることを要しないものと解するを相当とするところ(東京高等裁判所昭和二四年一〇月一五日判決高等裁判所判例集二巻二号一七一頁参照)本件当時の会社側の業務の実情内容、警察官の実力行使及びピケ隊員の行為の違法性については後記控訴趣意第七点第八点において説示するとおりであつて原判決には所論の如き事実誤認の違法がなく論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第三点について。
所論の要旨は原判決は本件犯行の共謀については昭和三二年一二月二日作成されたストライキ実施要綱は「ストライキの実効を期すため会社が当日列車の運転を実施する際には駅事務所出入口、電車の乗降口などにピケツトラインを張りスクラムを組んで会社側乗務員等の就労を阻止し或はまた電車前面にピケツトラインを張つて発車を阻止するなど必要な手段を用いて、あくまでも会社の列車運行業務を阻止する趣旨を以つて作成し」と判示したうえ、結局本件ストライキに際して駅事務所出入口、電車周辺などにピケツトラインを張りスクラムを組むなどして会社側乗務員らの就労を阻止し、なお乗務員らが就労しようとして出て来る時はスクラムを組むなどして押し返し、万一電車が発車するような事態に立ち至つた場合には電車前面の線路上にスクラムを組んだり座り込んだりなどして、あくまでも、その運行を阻止することを謀議したものであるとして被告人ら三名は多数福鉄労組員らと、ストライキの実効を期するため実力を以てしても会社の列車運行業務を阻止することを謀議の上、会社側の就労をスクラムを組むなどして阻止し、また警察官の出動後は電車前面線路上に座り込み立ち塞がるなどして列車運行業務を妨害したものであると判示しているがスキヤツプ禁止協定に違反した会社に対し説得の余地も与えられずにピケツトラインが暴力的に破られた場合座り込んだうえで説得を続けることもあり得るときは非合法な争議手段についての共謀があつたとはいえない。又争議行為が業務の正常な運営を阻害するものであることは労働関係調整法第七条に規定するとおりであり本件ストライキに因り福鉄労組がその主張を貫徹するために会社の列車運行業務を阻害することは何等違法ではない、従つて原判決が本件につき威力業務妨害罪について共謀があつたものと認めて同罪の成立を認めたのは事実を誤認し延いては法令の解釈適用を誤り又は理由を附さなかつた違法があるので原判決は破棄を免れないというのである。
所論の被告人等の本件犯行に対する共謀の点、本件ストライキ実施における手段の違法性、業務妨害に該当する実行行為の存在については前記弁護人控訴趣意第四点、第五点に対する判断において示したとおりであり、又本件会社側の業務を妨害する行為が行われた際被告人等及びピケ隊の幹部の者においてその妨害行為を阻止しよととした者の全然なかつたことも証拠上明らかである原判決には所論のような事実誤認又は法令の解釈適用の誤り、理由不備の違法も存しないから論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第七点について。
所論の要旨は原判決は本件ストライキ当日会社側が武生新駅に運転士及び車掌として配置した者が鈴木一男運転士の外無資格者であることを認めながら違法業務でも事実上平穏に行われている一定の業務である以上刑法上の保護法益たり得るし脱線、顛覆など明らかに事故の発生する虞があると認められる場合でない限り、阻止の方法の相当性いかんに拘らず、その業務を止めるのは違法であるというが高速度交通機関は最高度に安全性を保持しない限り不測の損害を生ぜしめるものであるから、かかる違法業務を中止させることは当該会社の従業員として社会的に相当な行為であり刑法第三五条の認める正当行為である、これを違法であるとする原判決は刑法第三五条、第二三四条の解釈適用を誤つたもので原判決は破棄を免れないというのである。
よつて審案するに原判決理由「事実」第三の本件所為中一乃至五の所為は会社側従業員が発車準備のため電車につき検車、仕業点検などをすることを妨害して発車を不能ならしめたものであることは原判示のとおりであり、このことは原判決挙示の証拠により認められるところであつて、その際には会社側は特に保安要員を増強して居り、安全性を欠くような運転を予定していたものでないことも右の証拠上認め得られるのである。又同第三の六の所為につき見るに原判決理由「弁護人の主張に対する判断第三」において掲記する運転関係の諸規定の存すること並びに福井鉄道運転安全規範第五条に「従業員は別に定められた考査に合格したものでなければならない」旨定められていることは原判決説示のとおりであつて、右六の所為の際における乗務車掌宇野昭一郎は、右福井鉄道運転安全規範所定の考査を受けたものでないことはこれを認められるのである。そうして右宇野に車掌業務を執らせることは右諸規定の趣旨に反するものであつて好ましいことではなく、通常時ならば会社は当然その非違の責を問われるものといわなければならない。然しながら本件時においては会社側は業務を妨害せられたため電車の発車が九時間余遅れ緊急に発車運行の必要に迫られていたこと、及び宇野昭一郎は前記考査を受けていないが電車車掌として正常業務に約二年間従事した実務の経験を有し電車車掌として実質的能力を有していた者であつて、運転課長の監督と保安要員の補助の下に乗務したものであること、その際の運転士鈴木一男は運転士としての正規資格と能力を有していたこと、会社側及び従業員等の右電車運行は平常よりも慎重になされたものであることは、前記証拠により肯認し得られるのである。
従つて右の場合における電車運転は乗務員中一車掌の形式的資格につき前記のような行政監督上の規定の趣旨に違反する点があつたとしても、その運転業務の全般から観察しそれら規定の意図する安全運転に添うものと認められ、弁護人主張のような危険な運転と見ることができないから、業務妨害罪の対象たる業務に該当するものといわざるを得ない。のみならず本件の妨害行為は専ら会社側の電車運転業務を阻止するためであつて、危険を防止し安全運転を目的としたものでないことも証拠上明らかなところである。(この点に関する原判決の説示も概ね同趣旨と解する)
叙上のとおりであつて被告人等の本件六回に亘る原判示妨害行為については所論のように刑法第三五条を適用すべき余地はなく、原判決が同法第二三四条を適用したことは正当である。論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第一点、第二点、第六点について。
所論の要旨は憲法が争議権を保障する以上使用者の財産に対する支配も一定限度の制約を受けるものであるところ、原判決は労働権より財産権が優位に立つという考えのもとに、被告人等福鉄労組の者がストライキ実施のため武生新駅に集り会社の立入り禁止を無視して駅構内及び電車内に立ち入つたのは違法である旨判示しているが被告人等福鉄労組は会社が労働協約に違反してストライキを破ることに対し、これを防止するため及び会社が適格性のない者を使用して会社の業務を遂行しようとした違法危険な業務を防止するために右構内及び電車内に立ち入つたにすぎないものである又原判決は違法な会社の業務遂行も操業の自由であるとして、福鉄労組員がスクラムを組み就業しようとする会社側従業員の前に立ち塞がり或は押し返したりした行為を単なる実力による阻止であつて違法であると解したのは誤りであり、何が故にそのような場合ピケツテイングが違法となるかについて説明に欠けるところがあるので、この点において原判決は理由不備の違法がある、行為が正当であるか否かは社会的にみて正当とみられるか否かにあり、敢て正当防衛又は緊急避難の要件を具備する場合に限らないのであるから、違法業務を排除するためにしたスクラムを組んでの押し返しや座り込みは何等違法ではない、他面このような行為は自力救済にも該当するものである、然るに原判決が被告人等を初め福鉄労組員の本件ストライキに際し、スクラムを組んで押し返したり、立入禁止の駅構内或は電車内に立ち入つたこと、線路上に座り込んだことを凡て違法であると判断したのは法令の解釈適用を誤つたものであり、且最高裁昭和三一年一二月一一日の判決及び大阪高裁昭和三三年七月三〇日の決定の趣旨に違反するから原判決は破棄を免れないというのである。
案ずるにストライキは必然的に業務の正常な運営を阻害するものではあるが、その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあるのであつて、その手段、方法は労働者が団結して、その持つ労働力を使用者に利用させないことにある。これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行、脅迫をもつて妨害するような行為は勿論、不法に使用者側の自由意思を抑圧し或はその財産に対する支配を阻害するような行為は許されないものといわなければならない。されば労働争議に際し使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者の威力行使の手段が諸般の事情からみて正当な範囲を逸脱していると認められる場合は刑法上の威力業務妨害罪が成立するものと解すべきである(昭和三三年五月二八日最高裁判所判決最高裁判所判例集一二巻八号一六九四頁参照)本件において被告人等及び福鉄労組員等ピケ隊員の採つた会社の業務遂行に対する所為は先に弁護人の控訴趣意第四点、第五点について説示したとおりであり、会社側の業務に当る従業員に対し不法にその自由意思を抑圧して電車の運転業務或はその準備業務を妨害したものであるから、争議権の正当な限界を逸脱したものというべく違法であることを免れない。従つて被告人等の本件所為については所論のような自力救済を認める余地はなく、原判決には法令の解釈適用の誤りも、理由不備の点も存しない。弁護人の引用する前記判決決定は本件と事案を異にするので、本件に援用するのは適切でない。論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第八点について。
所論は先づ、原判決は会社と武生警察の通謀に基ずく警察介入の事実は認められないとしているが、右事実は幾多の証拠により明らかである、然るにこの証拠の評価に対する経験則を無視し、右通謀の事実は認められないとしたのは事実誤認であり、又原審は鈴木作成の真相報告なる書面を刑事訴訟法第三二八条で採用し同法第三二三条第三号により採用しなかつたのは訴訟手続違反である。更に原判決は警察官職務執行法の解釈適用を誤つている、即ち憲法により保障される団結権、団体交渉権、争議権の行使については警察官職務執行法の要件を充たす場合を除き介入すべきでなく、介入すべき場合においても、その適否については争議行為の正当性に関する諸条件と関連して厳格な客観的な判断がなされなければならない、この点において本件武生警察署の介入は争議行為の正当性の判断を誤つた違法なものであるにも拘らずこれを正当と認めたのは法令の解釈適用を誤つたものであり、又原判決は福鉄労組員のピケツテイングには暴力行為があつたと認定し警察の実力行使を違法でないとしているが、会社側の暴行の事実に眼を覆い就労それ自体を権利行使であると認めたのは片手落ちであり、警察比例の原則の正当な適用を避ける態度に出たのは警察官職務執行法第一条第二項、第五条、第六条の解釈適用を誤つたものであるというのである。
所論に鑑み本件記録を精査し、原裁判所が取調べたすべての証拠を検討するに武生警察署が本件ストライキに介入したのは会社と警察官側とが通謀した結果によるものではなく警察独自の判断に基ずくものであることが認められる。又鈴木作成の真相報告なる書面については弁護人自ら刑事訴訟法第三二八条による取調を請求し原審がその請求に則り取調を了したものであり、同法第三二三条に基く証拠調の請求をしたものでないことは記録上明らかであるから原審が同法第三二三条による証拠調をなさなかつたのは寧ろ当然のことといわなければならない。
また警察官がみだりに争議行為に介入することは厳に戒しめるべきであるが本件争議行為の推移を見るに既に説示したとおり争議行為としての正当な限界を逸脱し暴行を伴う違法な業務妨害行為を反覆している状況であつたため危害予防および公安維持の任に当る武生警察署の警察官がその職責に基き被告人等を含む福鉄労組員のピケツトラインを排除したものであることが認められるから右警察官の措置を目して違法不当のものということはできない。原判決には所論のような事実誤認、訴訟手続違反、警察官職務執行法の解釈適用の誤りは存しない。
次に所論は警察官の介入により労働者の団結権に対し現実に急迫な侵害がなされる以上電車前方に座り込み説得を続け警察官介入に抗議する以外に団結権とストライキを防衛する方法はなく、これは正当防衛又は緊急避難に該当するものであるにも拘らず原判決がこれを否定したのは事実認定の誤りであり、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかで原判決は破棄を免れないというが、本件ストライキにおける被告人等を含む福鉄労組員等のピケツテイングが正当な範囲を逸脱したものであることは既に説示したとおりであつて、前示警察官の行為、会社側従業員の行為が福鉄労組員乃至ピケ隊員側に対する急迫不正の侵害であるということは認められないこと、又被告人等の本件業務妨害行為が、刑法所定の緊急避難の要件を具備するものでないことは明白である。従つて弁護人の正当防衛、緊急避難の右主張は採用することができない。
本論旨はいずれも理由がない。
以上要するに原判示罪となるべき事実はその挙示の証拠により十分にこれを認め得られるから原判決には事実誤認はなく、又訴訟手続、法令適用の面においても誤りは存しない。被告人等の本件控訴はいずれもその理由がない。
検察官の控訴趣意(量刑不当)について。
その要旨は原判決は会社側にスキヤツプ禁止条項違反、代替業務に従事した者は資格のない者があつたこと、又会社側にも就労に当り違法性を帯びた行為があり、更には会社の給与が劣悪の条件のもにあつたとして、これ等を刑の量定に参酌しているのは失当であり、その他諸般の事情に徴すれば原判決における各被告人に対する刑は著しく軽きに過ぎ不当であるというのである。
よつて本件の記録並びに証拠物を精査するに本件犯行の動機が労働者として労働条件の改善を図るために行つたものである外、被告人等はいずれも前科はなく、本件ストライキに際し、スクラムを組む等して実力を以て会社の業務遂行を阻止するに至つたのはストライキに参加しない第一労組員の就業によりストライキが効を奏しないことを極度に虞れた点にあることが窺われるばかりでなく、第一労組員の殆んどの者が福鉄労組と合体している現状においては将来本件と同様な違法な争議行為を繰り返す余地はないものと思料されるし、会社側においても反省し労使協調の態度が認められ、その他刑の量定に影響すべき諸般の情状を綜合すれば所論の事情を参酌しても被告人三名に対する原審の量刑はいずれも相当であるというべきであり、特に破棄しなければならない程軽きに過ぎるものとは認められない。従つて検察官の本件控訴はその理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条に則り本件各控訴をいずれも棄却することとし、当審における訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条に基きこれを被告人三名の連帯負担とし主文のとおり判決する。
(裁判官 山田義盛 堀端弘士 松田四郎)